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今週のドクターコラム

No.100
精神医学的に捉える男の涙

最近、海外でも日本でも、人前で泣く男性が増えているという。

海外で仕事や学業に必死になっていると、泣きたくなるようなことは多々あるが、それでも、ぐっとこらえて必死に毎日がんばる。

「男は泣くな!涙は見せるな!」というのは過去のものか。

大人の男が泣くというのはどういうことだろうか。

悲しくて、寂しくて涙が出てくるのは、本能的な感情の発露であり、喜怒哀楽という人の 持つ心の動きそのものである。怒り、興奮して泣くこともあるだろう。これは思考や感情 の混乱であり、原始的な感情発露の一つといえる。

何かが完結し、過去の辛かったことを思い出して、あるいは感謝の気持ちが高まり、感極まって泣くこともある。
これは単なる感情の発露というより、記憶の再生という思考過 程が感情と連鎖しながら行動として現れたものであり、より複雑なプロセスを経ている。
大人が叱られて泣くのは、相手に対する甘えや、許しを乞うという意味合いが含まれて いるかもしれない。ここには相手との関係性、つまり相手との一種の駆け引きが存在している。

本当に、男性は人前で泣くことが増えたのだろうか?
そうだとすれば、それはなぜなのか?

ある若い女性たちが、こんなことを言った。

「最近の男の人は弱みを見せるのが早い。」

そこには現在の平均的な「男性性」、つまり「男らしさ」の変化が見て取れる。
弱みを見せることは、かつて憚られる(はばかられる)ことであった。弱みを見せることは、男性としての強さを自ら否定することであり、それは世間の常識から逸脱してしまうという考えである。
そういうことは「世間体が悪い」と思われた。しかし「世間体」という考えの崩壊に伴い、いつしか素直な感情表現をよしとする風潮ができあがり、弱みを見せることが人として自然な姿であり、決して「かっこわるい」ことではないという考えが優勢となった。

一方で、男らしさを男性に求める女性からは、こういった男性的でない行動を否定的
にとらえる向きもある。自立した女性が増える一方で、自立して厳しい道を歩むより、男
性に依存したい女性も少なからずいるからである。

また、別の女性たちからはこんな意見があった。「最近の男の人は我慢強くない。」

いわゆる「キレやすい」男性が増えている。
感情の変化が直接行動となって現れやすくなっていると傾向は、最近顕著である。

感情は思考によって統合され、適切な行動が選択される。この思考による統合が弱く、気分本意な行動をとりやすいことは、ここしばらくの「一個人の自由」や「個性の尊重」を重視しすぎた教育によるところも大きいと私は考えている。

現実は、社会人には目的に沿った、行動本意の態度が求められている。
気分を重視 した生活態度はその場の個人的満足を得るために必要かもしれないが、社会的集団という観点からは合目的的でない。

短絡的で感情的な犯罪、閉鎖空間での暴力、葛藤回避としての安易な薬物乱用など、 その気分本意な行動の現れは枚挙にいとまがない。

「泣く」という一見素直な感情の発露としての行動も、中には思考による統合が不全で あることが原因しているケースもある。
誰から見ても、TPO、すなわち時と場所と相手に そぐわない「泣き」の中には、個人の精神医学的な問題が隠されている可能性もある。
「泣く」ことには癒しの効果があり、気分をリセットすると言われているが、それを求める
ときは、個人的な空間であることを確認したほうがよさそうだ。

 


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